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いじめの深層 想像力の欠如 [政治・社会]

今日の朝日新聞1面「いじめられている君へ」の最終回はタレントの春名風花さん(11歳、小学6六年生)だった。このシリーズ、著名人や学者などが登場しているが今回は「いじめの本質を鋭く突いている」などの反響が過去最多だったという。

何箇所か引用させていただく。春名さんは女子だが、第1人称は「ぼく」となっている。

「いじめがばれた時、いじめっ子が口をそろえて『じぶんはいじめてない』って言うのは、大人が言う保身(ほしん)のためだけじゃなく、その子の正直な気持ちじゃないかなと思います」

「ぼくがいくら泣こうが、本当に自殺しようが、その人たちが何も感じないことを知っている。いじめられた子が苦しんで、泣いて、死んでも、いじめた子は変わらず明日も笑ってご飯を食べる。いじめは、いじめた人には『どうでもいいこと』なんです」

「いじめを止めるのは、残念ながらいじめられた子の死ではありません。その子が死んでも、また他の子でいじめは続く。いじめは、いじめる子に想像力(そうぞうりょく)を持ってもらうことでしか止まらない」

ここまでが引用。

子どもだけではない。大人社会のパワハラなどにも共通するのだが、自分の言動が他人にどういう思いを抱かせることになるのか、その想像力の欠如こそ問題の深層なのだと考えさせられる。

だとすれば、こうした人間の想像力というものはどのように醸成されていくものなのか。この問いに容易に解答が見つからない。
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