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AKB48丸刈り事件=労働の商品化 [政治・社会]

誰もが「どうしてそこまで・・・」と思ったに違いない。AKB丸刈り謝罪事件である。ちょうど今日で1週間が経つ。AKB48などには全く興味のない私だがYOUTUBEに流れた映像をたまたま見てしまった。涙ながらに繰り返し自分を責める様子が延々と流れる。とても3分49秒も見ていられなかった。マウスのポインタは途中で別なサイトへ移っていた。いったどうしたことか、どう考えればよいのか。朝日新聞を中心にこの問題に関するコメントや論評を追ってみた。


まず、2月2日の第3社会面「ニュースQ3」には業界関係者や識者の次のようなコメントが載った。


「恋愛禁止って何意味があるんですか」
「あえてファンタジーとして恋愛禁止を提示しているのだろう」
「見せしめの体罰のようだ」
「映像を見て、心寒さを感じた」
「AKB側が公表しない判断もあったのではないか」
「ショッキングな映像を出すマーケティング上の効果を考えた可能性がなかったか」


次は2月6日朝刊の文化面、「過剰ともいえる謝罪はAKB48だけの問題か」として社会問題化している体罰や女子柔道選手へのパワハラと共通点があるというメディアの主張を紹介している。


「事務所が本人の意思とはいえ丸刈りを見せることを認めた。これは体罰と根底で似ている」(フジテレビ)
「エンターテイメントの域を超えている。社会的制裁を受けるものではないのに世間を勘違いさせる」(TBSテレビ)
「日本の体育会系文化に深く根差した問題ではないか」

「AKBは高校野球なんだ」との秋元康の言葉があるが、「理不尽があっても頑張る姿や必死な心を伝える。それが過剰な同調や体罰など理不尽の黙認を助長している」(ポップカルチャーライター)

さらに、この記事のなかでは若年層労働問題総合誌の編集長のコメントとして「ブラック企業」との共通点を指摘するくだりがある。

「命令や罰則に適正なルールがなく、成果が出ないという理由で理不尽な仕打ちを繰り返す『ブラック企業』でよく見られる光景だ。肯定的な若者が目立つのは、こうした光景が身近にあるからかもしれない」


この「ブラック企業」論との関連は問題の核心のような気がしたのでさらに検索をすすめると、朝日デジタルのWEBRONZA(有料記事)に行き着いた。


論者は元朝日新聞記者で和光大学教授の竹信三恵子氏だ。氏は「ブラック企業」の問題点を「社員に過剰な労働を強いたり無理なノルマを課したりして、うつなどの深刻な健康障害や過労死を引き起こす」点にあるとしたうえで、丸刈り事件との共通点を次の3点あげている。


①働き手が、仕事のためとして、自傷行為にまで及んでいる=「社員への罰として社長が社員の髪を切ったり、ノルマを達成できないなら死んでわびろとどなったりするなど、仕事の失敗を社員が体の損傷であがなうことを当然視する」
②「組織が命令したわけでなはなく、当人が勝手に決めたこと」として、組織の責任が不問に付されている=「人件費節減の中、一人が休むと周囲の仕事が過重になってみなが連鎖的に倒れる「デスマーチ(死の行進)」が頻発」
③20歳にもなった女性に「恋愛禁止」を言い渡す子ども扱いや、そうした個人の私生活への強い介入の中身の妥当性は問われることないまま、「事前に約束したはず」として、絶対服従を求めていく組織のあり方=「寝袋を職場に持参させ、仕事が終わるまで返さないといった私生活への極端な介入・管理がしばしば起きている」


実は、前述の2月2日付けの記事の中で広報コンサルタントが「事務所にとってアイドルは商品、ブランドコントロールは何よりも大事」と述べているが、竹信教授もこの点をとりあげ「体を傷つけずに働ける職場環境を目指す安全衛生の思想や『労働は商品ではない』という国際労働機関(ILO)の人権の基本はかけらも見えない」と厳しく批判する。


さらに、「ブラック企業は、一部の特異な業界の現象ではない。働き手の暮らしより会社を優先し、「自発的な貢献」を強要する日本企業の労務管理の特質が、市場環境の過酷化や経営者・管理者の力不足の下で極端な形をとって噴き出したものだ。今回の丸刈り謝罪事件は、こうしたブラック企業文化が、エンターテイメント業界という職場で、いびつな花を咲かせたといえそうだ」と結論付ける。


商品化されているのはタレントや芸能人だけではない。すべての働く人々がより人間らしさを実感できるような労働環境の整備がいま必要なのだ。人間は商品ではないのだから。



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